寄稿:空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院教授(工学博士) 白石 文秀

第8回 単位表面積当たりのUV強度

酸化チタンにUVを照射することにより、すなわち光触媒を使って普通に空気を浄化しようとすると、低濃度で含まれるVOCは期待したほど迅速には分解しないことに気づきます。この分解速度の遅さには、光触媒自体の活性の低さに加え、二つの因子が関わっています。その一つは、第7回の寄稿で述べた光触媒近傍に生じる境膜拡散抵抗ですが、今回はもう一つの因子についてお話しします。

前回の大手の会社の空気浄化装置の試作機を思い出してください。それは1辺の長さが50 cm程度の四角形の多孔質平板3枚を上下平行に並べ、この配置で生じた2つの隙間にワット数の大きなUVランプを5本ずつ、合計10本のランプを等間隔に挿入して固定したものでした。ランプが発したUVは、平板の両表面に分厚く塗られた酸化チタン薄膜へ照射されます。しかし本装置では、装置内に取り込まれた空気が平板の面に対して直角方向に平板の孔を通りながら低速で流れるため、境膜拡散抵抗が除去されないことのほか、もう一つ大きな欠点が生じます。それは平板表面の酸化チタン薄膜上にUV強度の大きな箇所と小さな箇所ができることです。これにより、光触媒反応が円滑に起こるところと起こらないところが現れます。平板全体で、ある一定の大きさの反応速度が確保されていればよいと思うかもしれませんが、このUV強度の分布はそれほど簡単な問題ではありません。

このような棚段式の光触媒反応装置は、「酸化チタンにUVを照射しさえすれば、その強度に関わらず光触媒反応が必ず起こる」という誤った認識に基づき作製されたものと考えられます。光触媒反応で使われるUV光源のほとんどは円筒形です。ほかにスパイラル状に成型された冷陰極管などもありますが、一般には円筒形の直管タイプですね。一方、反応速度をより大きくするには、放置内の光触媒膜面積をできるだけ大きくした方が有利です。そこで構造も簡単であることから、光触媒を固定化する担体として平板を使用するのは当然の流れだと思います。この棚段式構造には、繰り返し使用後に光触媒活性が失われたとき、光触媒担体と光源を簡単に交換できるという利点があります。また、光源を囲むように平板が設置されているため、一見UVを無駄なく有効利用できるように思われます。

残念ながら、このような構造では光触媒膜面上にUV強度の分布が生じ、強度の低い箇所で問題が発生します。ここでも分解反応はそれなりに起こるかもしれません。しかし、最終的に二酸化炭素となるまでのすべての分解反応はたぶん起こらないと思います。VOCを完全に分解するには、光触媒膜面のどこでも反応が確実に起こるようにする必要があります。

例として、トルエンを微量含む空気を平板状PETフィルムに固定化した光触媒で処理したときの結果を説明しましょう。装置には、棚段式と同じように複数の光源を挟むように平板状PETフィルムを設置しました。境膜拡散抵抗がなくなるように、空気をフィルム面に対して平行に高速で流しました。空気に含まれるトルエンを光触媒で処理すると、最初にベンズアルデヒドが生成します。これはトルエンがわずかに変化したものです。光触媒反応が円滑に行われるならば、トルエンは最終的に二酸化炭素となります。実験終了後にフィルムのUV強度が低かった箇所を切り取り、酸化チタンに吸着した物質を溶剤で溶かし出しました。溶液からは大量のベンズアルデヒドと少量のトルエンが検出されました。このことは、UV強度が低い場合、最初のベンズアルデヒドへの反応は起こりますが、それ以降の反応は起こらないことを意味します。

ある材料に固定化された酸化チタン膜がUVランプで遠くから照らされているとき、反応速度は小さいかもしれないが、膜表面で反応は必ず起こっていると考えてしまうことが多いようです。これは基本的に間違いです。化学反応を円滑に進めようとするには、ある強度以上のUVを照射して酸化チタンを励起する必要があります。このときの強度は化学反応ごとに異なります。一つの化合物を二酸化炭素まで完全に分解するには複数の異なる分解反応が起こらなければなりません。このためには単位表面積当たりのUV強度を高くする必要があります。トルエンの場合、最初のトルエンからベンズアルデヒドへの酸化反応は低強度のUV照射でも起こりますが、ベンゼンの開環以降の反応を起こすには高強度のUV照射が必要となります。

市販されている棚段式装置を使った別の例をお話ししましょう。10 m3の密閉された室内の空気に含まれる100 ppmのホルムアルデヒドを分解したときのことです。最初は高速で濃度低下が起こりました。しかし、数ppmの濃度となったとき反応はほぼ停止しました。これは、多孔質平板に固定化された光触媒膜上にUV強度が十分に高くない箇所があり、これにより低濃度となったホルムアルデヒドの分解が遅くなったこと、またホルムアルデヒド濃度が低くなったとき、分解されずに光触媒表面に吸着されたホルムアルデヒドが脱着、吸着を繰り返すようになり、これによりホルムアルデヒドの分解が止まったように見えたことによります。光触媒を空気浄化に利用する際の利点として、VOC濃度をほぼゼロまで低下できることを挙げることができますが、同じ光触媒機能を使った空気浄化装置であっても使い方を間違えると、この利点を活かすことができません。

このように光触媒反応では、可能な限りUV強度を高くすることや、UV強度の低い箇所が生じないように工夫することが大切です。この問題を解決する方法の一つは、できるだけ単位面積当たりのUV強度の高いランプを用いることです。6Wよりも20Wのランプの方がUVの放出量が多いことはおわかりだと思います。しかし、単位表面積当たりのUV放出量は6Wの方が多くなります。これは、蛍光管の面積が6Wより20Wの方がワット数の増加以上に大きくなっているからです。単位表面積当たりのUV放出量は、簡単にはワット数を面積で割ることで見積もることができ、このようにして求めた単位表面積当たりのUV量は6Wの方が大きくなります。

単位表面積当たりのUV照射量は、単位面積当たりのラジカル量に関わります。ラジカルは反応性が高く、これを多く発生させるほど分解速度が大きくなります。しかし、ラジカルの寿命は非常に短く、生成してはすぐに消失することを繰り返します。よって、その量を恒常的に高くする手立てが必要です。

単位表面積当たりのラジカル量、すなわちラジカル密度が高くなると、VOCが光触媒表面へ到達したとき反応が確実に起こるようになると考えられます。第4回の寄稿で、1 ppmという濃度は100万個の空気分子に1個のVOC分子が存在する状態であることを述べました。このような低濃度のVOCを処理する場合、光触媒表面にVOC分子がたまにやってくるような状況でしょう。このとき、VOC分子が光触媒表面上のラジカルと衝突しなければ反応は起こりません。単位表面積当たりのUV強度が高いときにはラジカル密度が低いため、衝突が起こりにくくなり、VOC濃度の低下は停止した状態になると考えられます。VOC濃度が低い場合でも確実に反応が起こるようにするには、単位表面積当たりのUV強度を高くする必要があります。

私は、この光触媒反応が起こる様子を、よく“流れ星モデル”と名付けたモデルで説明します。砂漠に木が生えています。たまに流れ星が落ちてきます。このとき、木の密度が低いと流れ星は木に衝突しません。すなわち、反応は起こりません。この衝突が確実に起こるようにするには、木の密度を高くしてやる必要があります。上述のように、ワット数の大きなUVランプよりも小さなものを使用した方が、単位表面積当たりのUV強度を高くすることができます。これによりラジカル密度が高くなります。私どもが小さなワット数のUVランプを敢えて使用するのは、1 ppm以下のVOC濃度をゼロへ向けて小さくするためです。

まとめますと、光触媒反応の分解速度を高くし、かつVOCを極低濃度まで分解するため考慮しなければならないもう一つの重要な因子は、“単位表面積当たりのUV強度”です。よって、空気浄化装置の性能を高めるには、“境膜拡散抵抗”を含め、これらの因子が引き起こす問題を同時に解決しなければなりません。

(令和2年7月30日)


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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