寄稿:空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院教授(工学博士) 白石 文秀

第9回 開発した空気浄化装置の性能が高い理由

すでに述べたように、私どもが開発した空気浄化装置は高強度のUVが反応管の内壁周辺におかれた光触媒を照射します。空気を処理するとVOC濃度はゼロに向かって低下します。最終的に落ち着くVOC濃度は、本装置によるVOC分解の速度と壁などからのVOC放出の速度が釣り合ったところになりますが、全く放出がなければ、あるいは少なければほぼゼロとなります。

このようなVOC処理の高性能化は、1)光触媒分解法を採用したこと(分解速度は十分に大きくないが、光触媒上で反応が確実に起こるようにすることでVOC濃度をゼロ近くまで下げることができる)、また、小さな径の反応管の内壁周辺に光触媒を置き、その中心に低ワット数のUVランプを設置したことで、2)光触媒と光源の距離が短くなり単位表面積当たりのUV強度が高いことや、3)狭い流路で空気流速が高くなり境膜拡散抵抗が除去されることによります。これまでこのような特長を持つ空気浄化装置はなかったため開拓の場が広く、現在、様々な応用を検討しています。

私どもの空気浄化装置は光源に殺菌灯を使用しているため、空気に含まれる菌の死滅にも使用できます。殺菌灯は殺菌力が極めて大きな波長254 nmのUVを放射します。菌を含む空気は単位表面当たりの強度が高いUVで満たされた反応管内の狭い空間を通過します。空気中雑菌の死滅実験により、連続的に装置から出てきた空気中には生菌がほとんどいないことがわかりました。また、菌が光触媒表面に吸着すれば菌体細胞の破壊も起こります。すなわち、本装置は空気中の菌を一瞬で死滅させる力を持っています。新型コロナウイルスについて試験を行っていないため断定できませんが、これについても同様なことが期待できます。殺菌灯よりも殺菌力の小さなUV光源を用いた実験で、新型コロナウイルスの死滅がすでに確認されているからです。

新型コロナウイルス感染が問題になった直後から、いくつかの空気清浄機メーカーが競って本ウイルスの死滅実験を行っています。ウイルスが死滅したと報告されている場合、まずはそのデータが寒天培地上のウイルスに対する死滅実験のものなのか、あるいは空気中のウイルスの死滅実験のものなのかを確認する必要があります。つぎに、前者の場合、そのような装置を実際に現場で使ったときどうなるかを考えることが必要です。なぜなら、寒天培地上のウイルスの死滅実験は、装置を実際に運転いるときのデータでないからです。ウイルスを数秒、あるいは数十秒で死滅させたといっても、装置を通過して行く空気中のウイルスを確実に死滅させることができるとは限りません。また、後者の場合、処理時間が重要になります。たとえば、 1 m3 程度またはそれ以下の空気に含まれるウイルス処理に何時間もかかっている場合、装置から排出される空気中には多くの死滅していないウイルスが含まれると考えられます。

空気清浄機を運転すると、室内の空気は循環を始めます。このとき床などに落ちたウイルス、あるいは埃などに付着したウイルスが浮遊し始める可能性があるので、これらをいち速く装置に取り込み一瞬で死滅させなければいけません。そうでなければ、装置から吹き出したウイルスが室内の空気中に広がり、感染の危険性が高くなると考えられます。日本で最初の感染者が発見された1月15日から7ヶ月以上が経過しましたが、最近、感染経路がわからない感染者数が増加しています。このようなニュースを耳にすると、空気清浄機を運転することで空気感染が起こっているのではないかと不安になります。空気清浄機を使っている施設の責任者に大丈夫かと尋ねると、この空気清浄機はウイルスも死滅させることが実証されているという答えが返ってきます。

実験ではまだ確認されていないようですが、HEPAフィルターのような高性能濾過フィルターが空気中の新型コロナウイルスも除去可能なようです。そうだとしても万能ではありません。使用頻度が高くなると吸着したものが漏れ出てくる可能性があるので、フィルターの交換の厳しい管理が必要です。また、交換時に感染する危険性があるので、細心の注意が必要です。

いずれにせよ、室内空気を浄化しなければならないことは多いと考えられます。この場合、確実に処理性能の高い空気浄化装置を選ばなければなりません。少しでも新型コロナウイルスを含む可能性がある場合、装置に取り込まれた空気中の菌を一瞬で死滅させ、かつHEPAフィルター(あるいはこれに類する高性能フィルター)を装着したものを使用するのがベストであると考えられます。

(令和2年8月21日)


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


(C)2020 I-QUARK CORPORATION.