空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院 
教授(工学博士) 白石文秀

第5回 ppmという濃度の単位と空気の高度浄化の難しさ

室内の空気は、建物の材料、家具などから放出された様々な種類の化学物質で汚染されています。これらは総称して揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれています。その濃度は厚生労働省が決めた室内環境指針値で規制されています。0.1 ppm程度、またはこれよりも小さな値に設定されています。たとえば、代表的なVOCであるホルムアルデヒドの指針値は0.08 ppmです。これよりも低い方がよいのですが、高くても罰則はありません。あくまで指針です。それは、VOC濃度をこのような指針値以下にすることがとても困難だからです。

上でppmという単位を使いました。この意味を説明します。ppmは環境中の化学物質の濃度を表す単位です。これはparts per million(百万分の1)を略したものです。1 ppmは、1 m3の空気中に1 cm3のVOCガスを入れて混合したときの濃度です。これは1 cm3/ m3=1×10-6 m3/m3となります。すなわち、百万分の1の濃度ということです。その千分の1はppb(parts per billion;10億分の1)です。これは、1 m 3の空気中に1 mm3のVOCガスを入れて混合したときの濃度になります。さらに、その千分の1はppt(parts per trillion;1兆分の1)です。

水に溶けた化学物質に対してもppmという単位を使います。ただし、この場合には、意味が少し変わります。1 ppmは、1 リットル(1000 g)の水に1 mgの化学物質を溶かして混合したときの濃度です。これも1 mg/ 1000 g=1×10-6g/gとなるので、百万分の1の濃度となります。

空気浄化の研究でこの単位を用いると、つぎのようなメリットがあります。例として、炭素原子7個を含むトルエンという化学物質について考えてみましょう。これを何かの方法で完全に燃焼させると、1個のトルエン分子は7個の二酸化炭素になります。このとき、ppmの単位を使って濃度の変化を表すならば、1 ppmのトルエンから7 ppmの二酸化炭素が生成します。これはトルエンの分解の程度を知るのに大変便利です。これをg/m3のような質量を用いる単位で表す場合、このような便利さがなくなってしまいます。

1 ppmという単位をもう少しわかりやすく説明します。空気中に1 ppmのVOCが含まれる場合、100万個の空気の分子中にわずか1個のVOC分子が含まれることになります。よって、1 ppmのVOCを含む空気をきれいにしようとする場合、100万個の空気分子に含まれる1個のVOC分子を捕まえて分解または除去する必要があります。福岡市の人口は約100万人ですので、この群衆の中に潜む1人の犯人を捜し出して逮捕しなければなりません。ホルムアルデヒドの環境指針値は80 ppb(0.08 ppm)です。この環境指針値以下とするには、10億個の空気分子中に含まれるわずか1000個のHCHO分子を80個以下としなければなりません。しかも、空気分子はクラスターを形成していたりするので、VOC分子を捕まえようとしても空気分子が邪魔になります。すなわち、1 ppm以下の濃度領域で空気をきれいにしようとすると、空気が邪魔をします。

オゾンが空気をきれいにしてくれるということが常識になっています。オゾンは3個の酸素原子が結合した化合物で、多くの化学物質はオゾンにより分解されることが知られています。いま1 ppmのVOCを含む空気があり、これをオゾンで分解して空気をきれいにすることを考えてみましょう。作業環境でのオゾンの許容濃度は0.1 ppmとなっています。そこで、0.1 ppmのオゾンを加えて空気をきれいにしようとします。しかし、一向にVOC濃度が低下しません。それもそのはずです。オゾン分子は、10億個の空気分子中にわずか100個しかありません。そこで危険ですが、許容値の10倍の1 ppmとします。これにより、オゾン分子は1000個になりますね。少しは低下するようになりますが、その濃度低下は速くはありません。加えて、0.5 ppm程度のところで濃度の低下がほぼ止まった状態になります。これはなぜでしょう。VOC分子、オゾン分子の数が少ないことに加えて、空気分子が邪魔をするからです。オゾン分子が近づこうとしても、VOC分子は空気分子のクラスターの中にいたり、空気とともに動き回るため、なかなか捕まえることができません。

数年前、ある会社の空気清浄機の性能を調査したことがあります。VOCを迅速に処理することができ、世界中で100万台の販売実績があるという触れ込みがあったので、大変興味が湧き、処理法を調べました。しかし、私の経験によれば、その処理原理ではメーカーがいうような性能はでないと感じましたので、早速実験で確かめてみることにしました。反応物にはエチレンを使いました。処理モードがいくつかあり、まず一番低いレベルで処理を行いました。しかし、エチレン濃度はあまり低下しませんでした。オゾンの臭いがしましたので、計測器でその濃度を調べてみると0.8 ppmでした。装置の性能の高さは特別に開発した触媒の使用にあるということでしたが、実際にはオゾンがVOC分解の主体であることがわかりました。少しずつレベルを上げていくと、1 m3の空気中のオゾン濃度はすぐに30 ppm近くまで跳ね上がりました。これによりエチレン分解は速くなりましたが、それにしても30 ppmというのは大変な濃度です。人間は呼吸困難になり、小動物は数時間で死ぬと言われています。このようにオゾンを使用する場合、その濃度を高くしなければVOC濃度をゼロまで低下させることが困難です。その理由は、前段の分子レベルでの説明から理解できると思います。

以上のように、VOC 濃度が1 ppm以下である場合、空気浄化がとても難しくなります。だから、市販されている空気清浄機の多くが空気を完全にきれいにすることができないのです。環境指針値の多くが0.1 ppm程度、またはこれ以下の濃度であることをもう一度思い出してください。環境指針値が設定されているにも関わらず、市販の空気清浄機の多くはこれをクリアできない。なにか野放し状態になっているようで矛盾を感じます。厚労省は、室内空気を外気と頻繁に交換することで対応するように指導しています。ただし、外気が汚れていたらこの方法は使えませんね。

私は1 ppm以下の濃度領域でVOCを含む空気をきれいにする操作を、高度空気浄化(または空気の高度浄化)と呼んでいます。空気を高度に浄化する研究は、これまでほとんど行われておらず、またその重要性もあまり認識されていません。近い将来、空気清浄機メーカーが精力的に技術開発に専念し、名称に沿う “空気清浄機”を世に送り出すことを願います。


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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