空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院 
教授(工学博士) 白石文秀

第4回 空気清浄機という名称

“空気をきれいにする装置”を何というかと問われたら、誰もが空気清浄機と答えるでしょう。この名称は、対象となる装置が決められた性能を持っていることを証明して始めて使えるようになります。菌を死滅させる装置を勝手に滅菌機、殺菌機と呼べないことと同じですね。

私どもは、数年前に実用化した”空気をきれいにする装置”を空気清浄機と呼んでいません。それは、この名称を使えるようにするのに多くの労力が必要であること、名称よりもむしろ実際に空気を浄化できる製品を世に送り出すことを優先したいこと、さらに個人的に”空気清浄機”という名称が適切でないと考えていること、によります。

空気清浄機とは具体的に何なのでしょうか。日本でのその定義は、”空気中に浮遊する塵埃(じんあい)や花粉、ハウスダスト等を除去し、汚れた空気を浄化するための装置”となっています。すなわち、空気中を浮遊するちりやほこり取り除く機械なのです。「あれ、ほこりのようなものだけ取る機械?」、「ホルムアルデヒドのような化学物質は分解・除去しなくていいの?」と、多くの人が疑問を持つでしょう。そうです。電気店で売られている空気清浄機は、建材、家具などから放出される揮発性有機化合物(VOC)を分解できなくてもいいのです。殺菌もそうです。もちろん、ほこりだけ取るのでは販売競争に打ち勝つことができないため、別の機能をうたって販売されています。でも、空気清浄機を買い求める場合、多くの消費者はそれがきっとVOCも分解・除去し、室内空気を総合的にきれいにしてくれると考えているのではないでしょうか。

以前の空気清浄機のカタログには、必ずと言っていいくらいVOCを処理した際の濃度変化の図が付いていました。しかし、最近はターゲットを菌やウイルスに変えてしまったようで、カタログにはVOCの処理もできますという程度の記述だけが書かれています。この少ない情報でありながら、消費者は「VOCもきっと処理してくれる」と素直に思い込むことでしょう。それくらい、空気清浄機という言葉が私たちの中に強く刷り込まれているように思います。しかし、カタログを見て、次の点を確認してみてください。1)処理した空気の量はいくらか。多くの場合、何も書かれていません。少ない量の空気を処理し、短い時間で濃度がゼロになったというデータを示されたら、消費者は抵抗なく高い処理性能を持つと信じるでしょう。2)処理したVOCの初濃度はいくらか。10 ppmくらいの高い濃度を初期値としていたり、初期値の記述はなく濃度の時間変化をパーセントで与えていたりするかもしれません(ppmは空気中のVOC濃度を表すのに用いられる単位です。1 ppmは1 cm3のVOCガスを1 m3の空気中に入れて十分に混合したときの濃度です。ppmの話は次回行います)。10 ppmのような高い濃度は、空気清浄機に少しでも分解・除去する能力があれば、それなりの速度で低くなります。このときのデータを図で示すならば、VOCがゼロとなったかのような曲線が描かれてしまいます。ゼロに見える最終値は、たぶんゼロではありません。

空気清浄機の開発を行っている技術者、あるいは研究者の中には、高濃度域でVOC濃度を下げることができた場合、これよりも低い濃度のVOCはもっと簡単に処理できる、低濃度域では濃度測定が難しいのでこれで十分だと考えてしまう者が結構多くいます。実は、低い濃度(1 ppm以下の濃度)のVOCを処理する方がずっと難しいのです。私がなぜこのことを強調して述べるのかというと、室内空気中の個々のVOCの濃度は1 ppmよりもずっと低く、また環境指針値も同様に低いところに設定されているため、1 ppmよりも高い濃度での処理データを示されてもあまり意味がないからです。

私どもは、数年前に開発した”空気をきれいにする装置”を空気清浄機と呼んでおらず、その理由の一つは”空気清浄機”という名称が適切でないと考えていることを上で述べました。このことについてもう少し詳しくお話しします。

そもそも”清浄”という言葉にはどんな意味があるのでしょうか。インターネットで調べてみると面白いことがわかりました。私たちは1よりも大きな値を、十、百、千、万、億、兆、.... という漢字の単位で表します。これらをアラビア数字で書くと、101, 102, 103, 104, 108, 1012....となります。一方、1よりも小さな値を表すのに、分、厘、毛の漢字を使います。これらはアラビア数字で10-1, 10 -2, 10-3となります。これくらいは誰でも知っていますね。しかし、これよりも小さな数字に対しても漢字の単位があることをほとんどの人は知らないと思います。その後は、糸(10-4)、惣(10-5)、微(10-6)、....と続きます。そして、塵(10-9)、埃(10-10)が現れます。さらにたどって行くと、なんと清浄という言葉があるではないですか。これは10-21という非常に小さな数を表します。

これまで私の研究室では約10社の空気清浄機を手に入れてVOCの処理能力を調べました。しかし、これらは初濃度を1 ppmとして処理を始めたとき、VOC濃度をゆっくりとしか、あるいはまったく低下させることができませんでした。このことより、上述の空気清浄機の定義に対してつぎのような疑問や考えが浮かびます。

「ほこり程度しか除去できないものを空気清浄機と呼ぶのはおかしい。空気除埃機と呼ぶのが適切だ。埃(10-10)よりも遙かに小さな清浄(10-21)の世界は、空気分子以外に何もないようなきれいな環境であるに違いない。よって、空気清浄機という言葉を使うのであれば、その装置は少なくともVOCの室内環境指針値(16種類のVOCの多くは0.1 ppm程度、あるいはこれよりも小さな値に設定されている)をクリアできる程度の能力を持っていて当然だ。」

幸いなことに、私どもが開発した装置は、壁などからのVOC放出がなければ、その濃度を分析機器の検出限界値(0.02-0.05 ppm)以下まで下げることができます。これは光触媒反応(酸化チタンに紫外線を照射して起こる反応)が装置内で効率よく起こるようにしているからです。一方、市販されている多くの空気清浄機では、採用している処理方法や装置の構造が原因でVOCのスムーズな分解・除去ができないようです。困ったことに、消費者はこのことを自分で確かめることができません。


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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