空気浄化を科学にする

九州大学大学院農学研究院 
教授(工学博士) 白石文秀

第3回 新型コロナウイルス感染のもう一つの経路

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が世界中で猛威を奮っており、終息の兆しが見えません。これまでのウイルスとの大きな違いは、その感染力の大きさと致死率の高さです。殊に感染力の大きさを悩ましく思います。数日前(令和2年7月14日)のニュースによれば、SARS-CoV-2は表面にあるスパイク蛋白質(細胞表面への付着と細胞内への侵入のしやすさを決める)の数を増やし、また細胞に付着しやすいよう構造を変えており、米国のパンデミックはこのような変異が原因であるとされています。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の主な経路は接触感染、飛沫感染であると言われています。しかし、この二つの感染経路では、最近中国のレストランで起こった感染事例などが説明できないことから、空気感染の可能性が指摘され始めました。素人目にはこの感染経路も当然含まれていると思うのですが、空気感染が起こるのは、麻しん(はしか)と水疱瘡のウイルス、それに結核菌に限られているとして、これまでSARS-CoV-2の空気感染は否定されてきました。

しかし、私が最近行った簡単な空気殺菌実験から、空気感染の可能性を示唆する結果が得られました。今後、より厳格な検証を行う必要がありますが、事態が深刻なだけに可能性が少しでもあれば一刻も速く目に触れる形にした方がよいと考え、COVID-19のもう一つの経路を第3回の話題として取り挙げることにしました。

空気感染は、さらに飛沫核感染と塵埃(じんあい)感染の二つに分かれます。飛沫核感染と上述の飛沫感染は言葉がよく似ていますね。飛沫感染は、感染者が口から飛ばしたウイルスを含む唾液の飛沫を未感染者が吸引したり目や鼻のような粘膜に付着させたりして感染することを指しますが、飛沫核感染は、ごく小さな飛沫が蒸発して生成する飛沫核に付着したウイルスを未感染者が吸引して感染することを指します。塵埃感染は、ウイルスを付着した埃(ほこり)などを吸引することで感染することを指します。

実験は私の50m3の居室で行いました。実験といっても、危険なウイルスを用いたのではなく、室内空気を殺菌しただけのものです。アイクォークと共同開発した空気浄化装置を使って室内空気を処理し、その殺菌性能を調べた実験でした。この装置には、内径3 cm、長さ20 cmの管の中心に10ワットの殺菌灯と、管の内壁周辺に酸化チタンで完全に覆った平均粒径2 mmの活性炭粒子の充填層を持つ反応管8本が平行に並んでいます。空気は高速で管内の環状路(殺菌灯と充填層の間の通路)を通過します。流路には光強度の大きなUVが常時照射されているため、空気中の菌は一瞬に死滅することが予測されます。元々、この装置は空気中の揮発性有機化合物(VOC)を光触媒反応で分解し、その濃度をゼロ(測定限界以下)まで低下させるという、これまでにない空気浄化を可能にするために開発したものです。

装置に取り込まれ、反応管内を通って出口から5m3/minの速度で勢いよく吐き出された空気を1分間、シャーレに入れた寒天培地へ吹きつけ、生菌の捕集を試みました。しかし、光源の殺菌力の大きさから予測されるように培地上で菌の増殖はまったくありませんでした。これにより、本装置では反応管を通過した空気が一瞬のうちに滅菌されることがわかりました。

この空気浄化装置を使って室内空気中の菌をどれくらいの速度で、どこまで死滅させることができるかを調べました。装置を4時間にわたって運転し、決められた時刻に、少し離れた机の上に置いたサンプリング装置(中に静置したシャーレ中の寒天培地へ室内の空気を吸引して1分間吹き付けるもの)で菌の捕集を行いました。この間、室内空気は扇風機で常時撹拌しました。時刻0分で10個のコロニーが現れ、20分後には2個、30分後には1個まで減り、60分後に一旦4個になりましたが、以降は1個もしくは0個の低いレベルとなりました。かびのほか、色彩豊かな細菌類が出現したため、少しギョッとしました。短時間でのコロニー数の低下は、前回述べた装置の空間時間により説明できます。すなわち、室内空気体積50 m 3を体積流量5m 3/minで割ると空間時間10分を得ますが、これを3倍したものがすべての空気が装置内を少なくとも一回は通過するのに要する時間であり、これが上述のコロニー数がほぼゼロとなる時間に一致するというわけです。

使用した装置の殺菌力の高さによると、30分もすれば空気中の菌は完全に死滅するはずですが、30分以降は小さなコロニー数で不安定に変化し、常時ゼロにはなりませんでした。これに対して、つぎの二つのことが原因の可能性として考えられます。一つ目は、室内の隅でよどみ、30分までに処理されなかった空気が動いて菌が捕集されたことです。しかし、処理の空間時間が短いこと、室内空気を常時扇風機で撹拌していたこと、実験を4時間にわたって長く続けたことから、この原因は無視してもよいと思います。二つ目は、私がサンプリングのためシャーレをセットしようと、仕事中の机からそのつど捕集装置まで歩いた際に、床にいる菌あるいはそれを付着したほこりが舞い上がり、菌が捕集されてしまったということです。

最近の有名メーカーの空気清浄機は巧妙に作られています。スイッチを入れると空気を勢いよく取り込み、しばらくすると低速で運転します。そして、周辺を歩くと再び勢いよく動き始めます。これは舞い上がった埃を埃センサーが検出して装置が動作するからです。空気中のVOCを直接検出して動いたわけではありません。このとき空気中の有害物質が本当に分解・処理されているかどうかは別にして、消費者はこの動作を見て、空気清浄機が空気をきれいにしてくれていると満足するでしょう。このような空気清浄機の動作は、人が動いただけで床などの埃が簡単に浮遊してしまうことを示しています。

以上をまとめて考えるならば、COVID-19がつぎのようなメカニズムで起こっている可能性が浮上します(あくまで推測です)。いま、室内で感染者が咳をして空気中にSARS-CoV-2を放出します。このウイルスはしばらく空気中を浮遊しますが、やがて床などに落ちるか、壁に付着します。感染者がいなくなった後、別の者がこの部屋を動き回ります。すると、SARS-CoV-2が単独で、または埃に付着した状態で舞い上がります。そして、未感染者がその空気を吸い込み感染します。

したがって、上述の実験データの特徴は、二つ目ことが原因となっている可能性が高いと考えられます。ただし、このためには埃に付着したり、単独で床面などに存在したりするウイルスが長時間にわたって生存していることが条件です。物体の表面に付着したSARS-CoV-2が数日間生存していたという報告があるので、このような経路での感染(すなわち、塵埃感染や単独浮遊による感染)の可能性を否定できません。

合唱団の練習、カラオケボックスでの歌唱、その他、空気を大量に吸引する動作を伴う場合にクラスター感染が多く起こっています。いずれにせよ、空気を介して感染が起こりやすいことは事実です。これを防止するには、マスクの装着は必須ですね。マスクを付けていれば室内空気を直接鼻から吸い込むことがなくなり、感染の確率をかなり抑えることができると考えられます。併せて、換気を頻繁に行ったり空気殺菌を行ったりするならば、感染を一層防止できると考えられます。空気殺菌では、一瞬のうちにウイルスを殺してしてくれる装置の使用が大切ですね。

私がここでCOVID-19のもう一つの空気感染(塵埃感染)の可能性を示唆することができたのは、殺菌力が非常に高い空気浄化装置を実験に使用したからです。本装置は、元々空気の高度浄化を目的として開発したものですが、たまたま光触媒活性を引き起こすために254 nmの波長を発する殺菌灯を採用したことで殺菌力が著しく大きくなっています。現在、上記の空気殺菌実験をより正確に行う計画を立てています。結果が出たら報告することにします。


寄稿|白石文秀教授(工学博士)
所属
九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門
   システム生物工学講座 バイオプロセスデザイン分野
     (兼任)イノベーティブバイオアーキテクチャーセンター
     システムデザイン部門 バイオプロセスデザイン分野
HP
http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~biopro/


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